3月の旅 奄美大島と加計呂麻島


3/14
奄美大島へ教会のスケッチに来た。
屋仁教会はどこですかと尋ねたら「教えるのはいいけどあの場を見られるのは恥ずかしい」と信者の老婆の顔が曇る。廃墟だったしスケッチブックを開いても老婆の渋る眼が浮かぶので、描かないことにする。海岸で雲と岩を描く。「陽が沈んだらコーヒーのみに来て」と浜を掃除するおじさんに声をかけられる。コーヒーではなく、ブタの軟骨と大根とにんじんの煮物をご馳走になる。黒糖を齧り、ご夫婦を描く。奥さんはテレビを見ながらもこちらの視線に緊張している。柔和な目の中に硬い鉱物が隠れて在る。絵にもそれが表れた。

3/15
廃墟寸前の佐仁教会を描き終え、バスに乗る。道中、大笠利カトリック墓地を見ておいでと運転手さんが3分時間をくれる。目に焼きつく。田中一村絵画を観る。居場所と精神と絵が最期に繋がった「えかき」の充足をみる。

3/16
フランスで買ってきた白い古着を藍泥染めする。色が動いていくから青とか緑とか赤とか言葉が追いつかない。目に見えることが掴めなくていい感じだ。手花部教会、喜瀬教会を描く。ちいさな友だちと描く。聖さんに浜辺で詩を朗読してもらう。

3/17
赤尾木教会、瀬留教会、龍郷教会、バスを乗り継ぎ、安木場まで着く。淡いピンクが空に海にのびる。こんなに穏和な日没を描き留めてみたいけれど、その欲を凌駕する色と形の淡々とした移ろいから目を離したくなくて描く意欲が萎える。

3/18
ソテツ群生山がかっこいい。安木場教会で描いていたら集落の方がお昼に呼んでくださる。リンゴ入りポテトサラダ、ニラ卵、トマト、にぼしと玉葱の味噌汁、タンカン。野菜は全部畑から。7人育てたおかあさんの味は、なまあたたかい手のひらみたいだった、本当に。浦上教会まで送ってくださる。最終フェリーを逃さぬよう手早に描き、田中一村終焉の家も早足で寄る。黒い建物のような小さな黒石を拾い、一村の域に凝縮していた気配を石に移してみる。

3/19 加計呂麻島。時間が浮いてる。思う存分描く。武名のガジュマルを、鉛筆で一枚、グァッシュで一枚、じっくり描く。加計呂麻島には景色のための景色ばかり。若い映画監督と出会い、彼の処女作を宿の皆さんと観る。音楽と無境をテーマにした旅のドキュメント。

3/20
電動自転車でもきつい山道をひたすら登る。山頂からしか見られなかった景色を忘れない。太陽を受けた海面は白く、雲の影は色紙を切り抜いたように海にへばりつく。海の中で群青がぐらぐら動く。顔と手の甲がじりじり灼ける。

3/21
漁協の朝競り、見学、描く。思うこと皆無で港に30分座る。帰る。空っぽで満タン。